ヨルダン・イスラエル旅行~エリコ&国境封鎖&帰国~

いよいよ最終日!

トラブルはこの日に起こります。。。


いつも通り朝食を済ませ、ホテルを出発!

少-しだけ時間があったので、予定にはなかったですが急遽パレスチナ自治区のエリコに立ち寄ります!とのこと。

バスの中は拍手が起こっていました。

エリコは国境とも近い街なので、立ち寄りやすいですね。

エリコは世界最古の街と言われています。

何を定義に街というかですが、街というのは城壁があることが前提だそうで、それをもって世界最古の街だそうです。

エリコもパレスチナ自治区になりますが、ここの人達は本当に静かで、やる気さえあればアラブ人もユダヤ人も共存できるというお話が印象的でした。

実際8割ぐらいの人がお互い静かに暮らしたいと思っているのに、残り2割が争っているため巻き込まれてしまっているとのこと。


エルサレムからエリコへは少し時間がかかるので、街並みを見ながら色々なお話を聞きました。

たとえば、家の外観。

家の外観を見るだけでユダヤ人かアラブ人かというのがわかるとのこと。

その違いは屋上についている水のタンクだそうです。

ユダヤ人は基本的に白いタンクしかなのですが、アラブ人は黒いタンクも一緒に置いているとのこと。

確かに、言われてみるとキレイに色がわかれています。

何で黒いタンクを置いているのかというと、今はもうそんなことはないらしいですが、昔はアラブ人居住区のみ断水をすることがよくあったようでその時の名残で黒い水タンクを置いているそうです。

ちなみにアラブ人宅はパラボラアンテナが立っている家が多いですが、基本的にアラブ人はイスラエルのニュースは信用していないので、アラブのニュースを受信しているとのこと。

自分の国のニュースが信用できないって思うなんて悲しいですね。。。

まぁ確かに私も日本のニュースをどこまで信用するか否かは個人判断ですが。。。

ちなみにイスラエル領内に住んでいるアラブ人はパレスチナアラブ人とは違い、イスラエルの市民権を持っている人になります。

元々その土地に住んでいた人ですね。

なので言語はヘブライ語も話すしアラビア語も話すそうです。

色々な背景からヘブライ語を話すのに抵抗ないのかなーと思ったりもするのですが、イスラエルではヘブライ語を話せないと暮らしていけないそうなので致し方ないのかもですね。


そして更に進むと行きに見た丘陵地帯に再び戻ってきました。

ここにはベドウィンの人達が住んでいます。

家ではなくて、あくまでもテント以上家以下の簡易住宅ですね。

ハリボテ的な感じの。

かと言って彼等はお金がないわけではなく、お金を持っているベドウィンはものすごーくお金を持っているそうで車も持っていたりするそうです。

モンゴルのゲルみたいに中では普通に電気も通ってるし、若い子達は携帯を使っているそうです。

では何で簡易住宅に住んでいるのかという話ですが、イスラエルは7割が国有地だそうで、この一帯も国有地エリア。

なので誰かが家を建てたりすれば、周りもみんな家を建てだすのでそれはイスラエル的にもちょっとっていう感じみたいなので、今の居住形態を保つのであればここに残って良いという相互合意で今に至るみたいです。

なかなかガイドブックでは知り得ない情報がたくさんですねー。


そしてそんなこんなでエリコに到着。

エリコもパレスチナ自治区に登録されてから、土地価格が上昇し始めたらしく、ここもパレスチナアラブ人のお金持ちが住む場所だそうです。

お城みたいな家がたくさんです。

一口にパレスチナと言っても場所によって全然違うんですねー。

あとはJICAの事務所があったり、大蔵省のようなものがあったり。。。

確かにJICAはエリコ案件多いですもんねー。

あ、あとこの辺りは泉があるらしいので、オアシス的な空気でした。


あまり時間がなかったので、お土産センターの上から辺り一帯を展望できるとのことで、行くことに。

そこから見えたのはまず誘惑の山。

私もこの誘惑の山はアニメで見た記憶があります。

でも山と言ってもエリコから見ると山だけど、エリコが海抜低すぎて、実際に誘惑の山に行くと平地だそうです。

そして、城壁のようなものがある小さな遺跡。


私もここで初めて知ったことなのですが、基本的に昔の人が街を征服する際は昔の街の上に街を建てるんだそうです。

でも一番下の石の土台の部分はどうしても取り除けないので、征服と略奪を繰り返すとどんどん街が高くなっていくそうです。

その典型例がエルサレムとのこと。

確かに!!!!

エルサレムってすごく高くて常に坂道で、国境の死海エリアからは常に上り坂なんです。

ちょっと感動!


その後は下のお土産屋さんをぶらぶら。

このお土産屋さんにはモロッカンオイルが置いてあります。

私もその昔使っていましたが、髪に使うと良い感じなんですよねー。

でも日本より高いかも。。。


このお土産屋さんで面白かったのが、磁石でしか取れない不思議な泥パック。

とにかくトライしろトライしろとうるさいので、トライしてみたら磁石に吸われてる感じが不思議なパックでした。

ツアーのみんなに伝えてきたらプレゼントあげると言われたので、なんとなーく伝えてきました。笑。

そしたら3ドルの泥パックくれた!

ラッキー。笑。

肝心の磁石泥パックは80ドルとのこと。

高いなー誰か買った人いるのかなー。。。


お店の前にはエリシャの泉があります。


帰りにエリコの繁華街的な所を通ってきたけど、ここでも手を振ってくれる子供がいたり人懐っこいですね。


そんなこんなでいざヨルダンに出国!と思いきや、まさかの事前通告なしの国境封鎖。

軍事的な理由だそうで、それ以上の理由は教えてくれないらしい。

そして13時までゲートは開かないらしい。

私達の飛行機は14時10分アンマン発。

それじゃあ間に合わないよーということで、急遽北側のガリラヤ湖方面の国境を利用することに。

ひたすらヨルダン川を横目に西岸地区をバスが走ります。

地形的に言うとアンマンの空港はアレンビーの国境の方が断然近く、北側に向かっているということはまた同じ道をヨルダン側で南下してということになります。

というか多分、いや絶対飛行機乗れないなーという予感は既にしていました。

そして北側の国境というのがアレンビーから結構遠い。

1時間ぐらいありました。


その間、西郷さんがパレスチナ問題について、イスラエルで兵役も経験して帰化した日本人としての独自の見解を話してくれました。

こういうの熱いですよねー私こういうの大好きです。

朝まで生討論したい感じ。笑。

あ、ちなみに西郷さんはパレスチナ難民のNGOでも働いていらっしゃるのです。

まぁよく言われることですが、やっぱりそういう所の人達は援助慣れしてしまっている&かつ被害者意識が強いため、そういう援助が彼らのやる気を削いでいるのかなと私も感じました。。。

一般的に悪いと責められるイスラエルですが、彼等の歴史を考えるとイスラエルという国にかける思いは強いでしょうし、何か一番悪いのは自分達のことしか考えていない第三者が関与したことかなと思わずにはいられませんね。

国連決議だってアラブ諸国、もっと言うとイスラム教国は各々票を持っているわけだからパレスチナ寄りの決議になることだってあるだろうし、重大な問題に関してはそれぞれ利権の異なる常任理事国がいるんだから解決するものもしないですよね。

拒否権なんてシステムもう辞めれば良いのにって感じですよね。


そんなことを色々頭で考えている内に国境到着。

私はもう半ばこの日に帰ることを諦めています。。。

ここの国境はアレンビーと違ってちょっと面倒で、国境を越えて橋を渡るまでは乗り合いバスに乗らなければいけないので、アレンビーよりも更に時間がかかるわけです。

アレンビーの場合は税関超えるとすぐにツアーバスなり何なり自分の交通機関に乗れるので。。。

まぁ出国時も特に何も聞かれるわけでもなく、入国時に発行された名刺大のカードの裏にスタンプが押されます。

でもここでも腹立つことが。

めっちゃ急いでいる私達の後ろに列に並ばずに、列に入りたそうなイスラエル人の女の子が。

ヘブライ語で税関とやりとりをした後、税関職員が私に「彼女急いでいるみたいだから、先に手続きさせてくれないか」と聞いてきました。

みんな急いでるんだし、税関職員がそんなこと頼んじゃダメでしょーと思い、「私達も意味不明な国境封鎖でこんな所まで遠回りして来て、飛行機に間に合うか間に合わないかの瀬戸際で急いでるんだから絶対無理!」と断っておきました。


そこからがまた長い。

バスも乗り合いなので、すぐに出発してくれるわけではないし、私達のグループは人数が多いので先にエティハド航空利用の人だけ乗るようにということになったのですが、何が何だかわからず乗り込んでしまう人もいたり等々。

乗り合いバスに乗り込んで連れてこられたのはヨルダン側の入国審査。

ここがまた腹が立つポイントで、列に並んでるにも関わらず、私達が割と人数が多いので、職員がお昼に行きたかったのか急ぎだって言うのに全然通してくれない。

後ろの椅子で座って待ってろと。

意味がわかんないんですけどって感じですよね。

ヨルダン人の現地ガイドさんもこの時既に合流してくれていたのですが、彼が話しても通じない。

添乗員さんもブチ切れ。

でも全然入れない。

そんな中彼の上司らしき人間にチクったところ、上司がその人を怒鳴り散らし、彼はしぶしぶ入国審査を進めることに。

外を見ると既に次のグループのバスが来ていました。

結構ロスタイム使いました。。。


そしてやっとこさバスに乗れると思ったら、今度は荷物のチェック。

ここでも後ろの西洋系の人に、グループ別れちゃったから先に通してくれないか頼まれたけど、もちろん却下。

荷物のチェックも7割ぐらいの確率でスーツケースまで開けさせられて、私開けさせられても1回開けたらもう閉める自信ないんだけどって思ってたら私はスルー。

良かった。


そしてやっと私達のバスに乗車。

アンマン空港に向かうけど、意外と遠いし道路整備が不十分だからか渋滞がひどく、全く着く気配なし。

結局空港に着いたのは、15時過ぎと私達の飛行機が飛び立ってからでした。。。


さて、ここからどうしようという話なのですが、基本的にツアーなのであまり個人的に対応もできません。

ここがツアーの難点ですね。

どちらにしても飛行機が遅れたわけではないので、航空会社の責任はなく、また保険がおりるかもほぼ下りないそうで、夜出発のカタール航空という選択肢もあったのですが、航空会社を完全に変える場合は航空券の買い直しということになり自腹になるそうです。(約20万円)

ツアー会社的にも軍事的な理由は免責事項となっているそうで。。。

なので、次の便のエティハド航空で帰るという選択肢しかないのですが、アブダビ-成田も1日1便なので、今回の飛行機を乗り過ごした時点で日本到着は翌日以降が確定していたわけです。

その後添乗員さんと現地代理店、及び航空会社との間でやり取りがあり、結局は手数料約3万円で同日深夜3時の便か1日遅れの全く同じ昼出発の便でアブダビに向かい、日本に帰れるとのこと。

アンマン-アブダビが混み合っているそうで、空席状況から全員一緒の便には乗れないので、この区間だけは2グループに分かれて飛行機に乗ることに。

問題は深夜3時の便の人。

深夜3時ということは、今から約8時間後には空港に来ていなければならず、更にアブダビの空港に着いてから、日本に向かう便まで10時間以上待たなければいけないこと。

ということはほぼ寝れないわけですねー。

昼の便の人は普通にヨルダン泊でホテルでゆっくりできますが。。。

ただ、それではあんまりだということなので、深夜便の人達は急遽アブダビ現地観光を添乗員さんが手配することに。

でも前日だったので、手配できるかはギリギリまでわからなかったみたいですが。。。

それに寝ないで暑いアブダビ観光はなかなか辛いものがあります。


これに関して希望をとっていると大変なことになるので、ここはもうツアー会社がランダムに決めた便に乗ることに。

私は翌日の昼便だったので、ホテルで1泊ゆっくりできることが確定。


とりあえず深夜便に乗るにしても、翌日の便にしても1回ホテルにということだったので、空港からアンマン市内へ。

実はこのホテル代も、ツアー会社が免責ということは誰が持つの?ということになり、深夜便の人は私ホテルに行かないでそのまま空港にいたいとか色々言い出したり。。。

まぁ結局はホテル代もバスチャーター代もツアー会社もちで、私達が負担したのは飛行機変更手数料3万円だけだったのですが。。。

添乗員さんも大変ですねー。。。


ということで、このツアー初めてアンマン市内中心部を通ることに。

夕方だったので渋滞しています。

でもさすがにアンマンは都会ですーカイロとかを彷彿としちゃいました。

普通に高いビルは建ってるし、道路はキレイだし、多分日本人が思っているヨルダンのイメージとは違うかと。。。

これはアフリカにも言えることかもですが。。。

マックやスタバなんかもオシャレです。


でもホテルはCham Palaceという少し中心部から距離のあるホテルに。

4つ星ホテルということで、このツアーの中では一番豪華なホテルでした。

部屋も一番広かったし、初めてのチェーンロック!

これで安心して寝れる!

ただドライヤーが外されていたり、暖房が途中めっちゃうるさかったりメンテ面にはちょっと問題ありですが、基本は問題ないでしょう。

他の人の部屋ではシャワーが出なかったという人もいましたが。。。

Wifiも今までで一番早かったです。


レストランもそこそこキレイで食事もおいしく、トラブルで疲れ切った体を癒しました。

でも深夜便の人達は息つく間もなく出発なんですよねー。

私はこのツアー初めてゆっくり目覚ましをかけずに爆睡できました。

朝食もゆっくり、のんびり、仲良くなったご夫婦と一緒にとり、ゆったりした出発でした。


そして空港に着いてチェックイン。

チェックインゲートから搭乗ゲートが近いというか思い切り丸見えなので、中に何があるかは一目瞭然です。

スタバがあったので、というよりずっとスタバに行きたいと思っていたので、やっとスタバにありつけました。

ヨルダンのスタバタンブラーなんて持ってる人なかなかいないだろうということで、タンブラーも購入。

トフィーナッツラテをヨルダンで飲めるなんて不思議と思いながら、昨日のバタバタが嘘のように平和な時間を過ごしました。


アンマン-アブダビの飛行機は満席。

というか団体客がめっちゃ多い!

どこの団体客かというとシンガポール、インドネシア。

シンガポールはイスラム教系の団体で、インドネシアはキリスト教系の団体でした。

私はたまたま飛行機で隣になった人がインドネシア人の家族で、奥さんが人懐っこいというか日本に興味があるようだったので、結構お話しちゃいました。

コミュニティチャーチのグループでクリスマスをお祝いするために、イスラエルに行ったとのこと。

ペトラ遺跡も行ったらしく、私達と同じヨルダン出入国になったそうです。

帰りはアブダビで1泊するとのこと。

何かとっても感じが良くてかわいくて若いお母さんでした。

私とそんなに歳が変わらなそうなのに、12歳の娘が横に座っていたので、何歳なんだろうと思ってしまいました。


そしてやっとアブダビ到着。

ここまで来ると安心感がぐっと出ますね。

無駄に私の好きなUAEブランドのチョコレートPatchiやラクダのミルクで作ったチョコやデーツチョコ、ヌガーなんかを買ってしまいました。

ホントに無駄に買いました。。。

配るしかない。。。


成田線はガラガラ。

真ん中3席占領できました。

あんなに寝たのにちょっと疲れてたみたいで、ほぼ爆睡でした。


そして、1日遅れでやっと成田到着!

無事に帰って来れて良かった!

色々あったけど、これも旅行の醍醐味ということで、今回ヨルダン・イスラエルに行けて本当に良かったです。

次はどこに行こうかなー。
プロフィール

疲れたむーみん

Author:疲れたむーみん
27歳からのLSE留学について綴ります。
2014-15にかけてMSc in Development Studiesに在籍します。
平和構築よりで開発学を学びたいです。
座右の銘は「努力した者が成功するとは限らない。しかし成功する者は皆努力している。」by ベートーベンです!

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