ヨルダン・イスラエル旅行~エルサレム観光~

いよいよエルサレム観光メインの日です!

この日を1番楽しみにしていました!


朝ご飯は確かに肉製品が全く置いていない。。。

なのでチーズと卵とパンを食べました。

チーズがこれまた塩辛い。。。

パンと一緒に食べないと無理な辛さです。


まず一番最初に向かったのは岩のドーム。

ここはメッカ、メディナに次ぐイスラム教の聖地ということになります。

預言者ムハンマドが天国に旅立った岩があるから聖地なようです。

ここに入るにはまずセキュリティチェック。

ちなみにこの岩はユダヤ教にとってもアブラハムがイサックを捧げた場所なので聖地になるらしいのですが、今はイスラム教の管理下にあるので、ユダヤ人はここに入ってこれないそうです。

ちなみに観光客は敷地内には入れるけれども、モスク内には現在入場できないそうです。

敷地内に入れるか入れないかもその日に行ってみないとわからないそうです。

岩のドームに入るには女性はピタっとした服装や膝上のスカートを履いていると入れない可能性があるそうなので、極力ダボッとして体の線が出ない服を着ましょう。

もしくは巻物を持って行って巻きスカートのようにして足を隠しましょう。

岩のドームのセキュリティポイントから岩のドームの敷地までは橋みたいなのがあるのですが、そこから嘆きの壁が見えます。

嘆きの壁を上から撮れるのはここだけだそうです。

ちなみに岩のドーム内ではカップルや夫婦でも男女間が触れ合うのは禁止らしいので気を付けましょう。

写真を撮る時もピースサインとかはせずに、直立不動でなければダメだそうです。

厳しいですね。。。


でもさすがに綺麗です。

イスラエルに行きたかった理由の一つがこの岩のドームだったので来れて良かった。

岩のドーム前では無料で日本語の「イスラーム概観」というイスラム教に関しての説明書を配っているお兄さんが。

西郷さんが、近年イスラム教は色々な誤解を受けている&内容もなかなか良かったのでもらってみると良いよとのことだったので、みんな殺到し日本語版はあっという間に終了。

お兄さんも戸惑い、2分待ってくれれば日本語版もっと持ってくるからと言って一回引っ込む。

そしたらホントに日本語版持ってきてくれたー!

お兄さん良い人!

岩のドームからは前日に行ったオリーブ山や主の涙の教会、ゲッセマネの辺りが見渡せます。

ロシア正教のマグダラのマリア教会が一番キレイというか女子的にかわいいですかね。

玉ねぎ型がロシアっぽいというか。


ちなみに岩のドームのすぐ下が嘆きの壁ということになるわけですが、ユダヤ人とアラブ人の対立がひどかった時はインティファーダで投石運動がここの岩のドームから嘆きの壁に向かってされたそうです。


エルサレムという都市はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、みんなにとって聖地になるので、基本的に国連は国際管理都市として扱っています。(イスラエルは認めていないみたいですが。。。)

なので各国大使館はエルサレムではなくて、テルアビブに置かれているということになります。


岩のドームから階段を下るとイスラム教徒の為の学校が。

この辺りはアラブ人居住区になります。

このアラブ人居住区から今度はヴィアドロローサ、つまりキリストが十字架を背負って歩いた道が始まります。

風景からはキリスト感をあまり感じないので、すごく不思議な気分ですが。

イエスが十字架を背負ってから、聖墳墓教会までこの道を通って歩いたわけですが、その間に14個の主なストーリーがあり、それをステーションと呼び、各ステーション毎に番号が書いてあり、そこで起きた出来事が絵で描いてあったりします。

日本語では第1留とか第2留とかそんな言い方をしますね。

出来事っていうのは例えば、キリストがここでつまずいたとか鞭打ちを受けたとかそんな出来事です。

ホントにここを歩いたという説と実は違う道を歩いて違う所にお墓があるという説もありますが、もはや誰にもわからないので、信じる者は救われるということで信じておくことにしましょう!

雰囲気としてはモロッコのフェズの旧市街に良く似ています。

なので結構迷子になりやすいので、こういう場所も初めて行く人はやっぱりガイドさんがいた方が良いということになります。


各ステーションをまわった後、一番最後のイエスのお墓があるとされている聖墳墓教会に到着。

すごくややこしいのですが、キリスト教にも一応宗派のようなものが色々あり、一番最初のスポットはエチオピアのコプト教会、その先はアルメニア正教、ギリシア正教、ローマ正教の管理になっているらしいです。

コプト教といえば、エジプトに信者が多く、私がこの旅行に行く前にエジプトでコプト教の教会がテロにあっていましたね。。。

聖墳墓教会は私達が思っている西洋式の教会とはまたちょっと違って、ちょっとエキゾチックな装飾の教会です。

肝心のお墓には並んで入ります。

これが何時間並ぶかは運によるそうですが、私達は数分で入場できました。

写真を撮って良い日と悪い日があるそうですが、この日はダメだと言われてしまいました。


このお墓はアルメニアとギリシアとローマの3派による管理で権力争いがバチバチとされているそうで、今まで誰も修復を行ってこなかったそうです。

みんな自分の宗派の所はすごくキレイに手入れをしているんですけどね。

ですが近年フランスの有名な建築家がここを訪れ、このまま放置しておくとここは崩れると言われたことによって、みんなびびって一気に修復工事にかかったそうです。

なので今は工事中で鉄筋がたくさん。


ちなみにこのお墓の鍵の管理を誰がするか決める際にも、神父さん同士がお墓の前で殴り合いのケンカにまで発展したらしく、今現在はイスラム教のおじさんが鍵の管理をしているとのことです。

なんだかなーという話ですね。。。


あとイエスの遺体を寝かせたという石も教会の出口のような所にあります。

みんな自分の好きな香油を持ってきてハンカチで拭って持って帰るそうです。

信者の人は額をくっつけてしばらく動かない人もいました。

信者の人からするとそれはそれは重要な場所ですもんね。


西郷さんのお話の中で一番印象的だったのは、この聖墳墓教会もイエスが死んだ哀しみを表現していて何だかとても暗いイメージになってしまっているけど、キリスト教の本質はイエスが亡くなってから復活したという希望の部分にあるから、もっとその部分にフォーカスをしても良いのではとのことでした。

なるほど。。。


その後は嘆きの壁へ。

ここもイスラエルと言えば!という場所で、ここに来たかったんです。

嘆きの壁ももちろんセキュリティチェックあり。

入ると嘆きの壁だー!と感動。

ユダヤ教も基本的には男性優遇の宗教なので、壁も男性用と女性用で入口が分かれています。

広さも男性2/3、女性1/3ぐらい。

シナゴークと呼ばれる礼拝堂のようなものも男性側にしかなく、男性側は壁に入場する際にはキッパを被らなければいけないそうです。

男性側の入り口でキッパ(持ち帰り可)をくれるそうです。(ものすごくペラペラでしたが。。。)

そう考えると女性側は壁しかないので面白味半分ですね。。。

レンタルタナハが置いてありました。

もちろんちゃんとユダヤ教徒の人がお祈りに来る場所ですよ!

私達みたいな観光客もわんさかいますが。


ちなみに壁の間にわずかな隙間があって、そこに願いを書いた紙を入れると叶うというジンクスがあるそう。

最近では嘆きの壁のホームページに行くと代わりにプリントアウトして壁に挟んでお祈りしておいてくれるなんてサービスもあるそうです。

でもさすがにそれはあれなので、私もどうにか紙を調達して、ユダヤ教徒の人に混じって嘆いてきました。


ちなみに嘆きの壁というい呼び方は日本人だけがするもので、英語ではWestern Wallと言います。

7段目まではヘロデ大王時代のもので、エルサレムストーンと呼ばれる石灰岩を使っています。

この壁の向こうにあったソロモンの神殿(今は岩のドーム)の回復を願って祈る姿を見て、嘆きの壁と名付けたみたいです。

ちなみにユダヤ教徒の人達は髭がカールしていればしているほど、頭が良いとされているようで、みんな暇さえあればバスの待ち時間とかに手でクルクルカールさせているそうです。笑。

嘆きの壁の後ろに建物がいくつかあるのですが、ここは全部ユダヤ教の学校だそうです。(もちろん男女別)


そこで気になったことがあったので、西郷さんに聞いてみました。

まず、黒装束系の人達はどのように結婚をするのか。

男女別なら出会うチャンスもないので、単純に疑問に思って聞いてみました。

回答はもちろんお見合いとのこと。

大体16歳ぐらいで結婚をして、子供を5名ぐらい持つのが主流だそうです。(普通のイスラエル家庭では大体子供は3名)

子供を5名生んだら当然人口は増える一方なので、黒装束以外の人達の負担が増えるわけで不満が生まれているのも事実だそうです。

更にユダヤ教徒の人達が持っている政党はかなり力が強いらしく、厳しい法律等を他のユダヤ信者の人とかにも強いるため問題が生じたりするそうです。


そして、もう1点気になったこと。

どうやって黒装束系の人達はユダヤ教徒になったのかということ。

もっと平たく言うと政府から生活費が全額支給されるのであれば、なりたい!って思う人もいっぱいいるんじゃないかなーと思ったので。。。

でも基本的には世襲制なので、戸籍で決まってしまっているそうです。

でもあの衣装を着るのは自由らしいので、自称で着ている人もいるそうです。


うーん、なかなか奥が深いですね。。。

そしてこの日は周りが騒がしくお祭り騒ぎ。

何か聞いてみると、ユダヤ教の成人のお祭りだそうです。

あくまでも宗教上の成人ですが、ユダヤ教では13歳が成人とされているそうで、それをお祝いしているとのこと。

そんなお祝いムードの目と鼻の先で、今度は岩のドームからアザーンが聞こえてきて改めてすごい場所だなーと肌で感じました。


その後はバスに少し乗り、シオンの丘へ。

途中、ナッツ売りのおじさんの露店があって西郷さんがお勧めということで、みんな爆買い。

4パックで10ドルということで結構高い気がするのですが、みんなガンガン買っていたので、このおじさん短時間で超儲けたんじゃないかと。笑。


シオンの丘でまず向かったのは最後の晩餐の部屋。

最後の晩餐っていうと何となくミラノの教会の壁に描いてある絵を思い浮かべる人も多いと思いますが、実際に最後の晩餐が行われたのはこの場所です。

実はダヴィンチの絵は結構脚色されているようで、当時のテーブルはコの字型かつ、ご飯を食べる時は枕に肘をついて横になりながら食べていたそうです(たとえるなら家でテレビを観ながらゴロゴロしてお煎餅を食べるスタイル)。

え、そうなるとダヴィンチコード成り立たないじゃん!って思っちゃいました。

そういうオカルトというか都市伝説が好きなもので。。。


その後はダビデ王の墓へ。

嘆きの壁がヨルダン領だった時代は、ここがユダヤ教の最大の聖地だったそうです。

ここでもまた男女別に分かれていて、またしても男性側の方が見所が多い模様。

棺のようなものは一本で繋がっているので壁で隔てられていますが、男性側も女性側も同じ物を見ているそうです。


ここで初めて気付いた、というより教えてもらったのですが、ユダヤ人の建物には必ずメドゥーザというポコっとした突っ張りみたいなものがドアに取り付けられているそうです。

魔除けのようなもので、ホテルの各部屋にもあるから見てみてって言われたので、後でチェックしてみたら本当にありました!

言われなければなかなか気付かないですね!


その後は鶏鳴教会へ。

ここはイエスキリストがユダヤ人から審判を受け、留置されていた場所。

そしてペテロがイエスを知らないと言って、鶏が鳴いた場所だから、鶏鳴教会と言います。

聖書にもその箇所がありますよね。

ユダヤ人が審判を行っている絵が描かれているので、その絵を見ながら西郷さんの説明を聞くことに。

まずイエスキリストは、当時の政治犯、危険人物扱いをされていて、ここまで連れてこられました。

ユダヤ人の議会?のようなものは70名ぐらいで構成されていて、全員一致しなければ裁きを与えられないというシステムだったそうです。

なので70名全員一致というというのはなかなか難しいことで、ほとんどの人がイエスキリストを初めて見た人達なので、本当にこの人が政治犯なのかみんな疑心暗鬼だったそうです。

でも、極め付けの「あなたは神の子か?」という質問で、イエスが「私は神の子だ」と答えた為にイエスの刑が確定することになります。

ユダヤ教もイスラム教も一神教なので、キリスト教のような偶像崇拝は許せないことだし、神を人間レベルまで貶めたという行為が彼等には許せなかったわけです。

ですがユダヤ人は当時奴隷の身分なので、直接イエスを裁くことはできず、ここに拘留をしていたということになります。

ここが大事なポイントですが、イエスを裁いたのはユダヤ人ではなくローマ人で、十字架刑というのはローマの極刑だということです。


もう一つ興味深いエピソードがあります。

ペテロはどうしてもイエスのことが気になって、こっそりと後をつけてこの教会まで来てしまいます。

そこで尋問をされ、イエスのことを知らないと3回答えてしまいます。

でもその質問をした人の質問内容とペテロの知らないという答えが、なんとなくちぐはぐで違和感があるのです。

というのも、イエスもペテロもイスラエルの北の方の出身で、その地方独特の訛りのある方言を話していたそうです。

なので聞いている人もイエスとペテロが同じ地方の出身だということはイントネーションでわかっていたので、知らないはずがないと3回も問い正したのです。

ペテロもそれはわかっていて、ばれるのを恐れてイエスを知らないとだけ答えて、極力多くのことは語らないように意図的にしたそうです。

異邦人のふりをしたと言いますか。。。


どちらもイエスを裏切ったことには変わらないのですが、その後の人生が違うのでユダとペテロの根本的な違いは何だったのかなと思って、思わず個人的に調べてみてしまいました。

まずユダは意図的にイエスを裏切ろうと思って情報を売った確信犯だったので、救いようがなかったとのこと。

でもペテロは決して裏切りたかったわけではなく、人間の弱い部分が出てしまい、思わず自己防衛で嘘をついてしまったわけです。

なので、後に救われたし、自身も改心できたと言われているそうです。

なかなかエピソードの多い教会ですね。


そしてイエスが拘留されていたという地下の牢獄へ。

イエスが岩にくっついて祈っていたため、その人影が今も残っているという岩が残っています。

そう言われると何か信ぴょう性がありますね。。。


ちなみに信者の人ももちろんこの教会にはたくさん訪れるわけで、そういった人達にとってこの教会はとっても悲しい場所なわけです。

なので、私達と同じスロットで入場したインドネシアの信者の方々も、すごく悲しい歌を歌って長い間輪を作ってお祈りしていました。

そういう人達がいる場合は決して邪魔せず、彼らのお祈りが終わってからゆっくり内部を見るようにしましょう。


外に出るとイエスが上ったと言われる石段もあります。

この石は本当に2000年前からあるそうですよ。


私はお土産さんでかわいいミニ聖書を発見したので購入。

後ろにエルサレムと印字されているので、何だか有難い感じがあります。


ここまでで午前中。

午後はベツレヘムに向かいます!
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プロフィール

疲れたむーみん

Author:疲れたむーみん
27歳からのLSE留学について綴ります。
2014-15にかけてMSc in Development Studiesに在籍します。
平和構築よりで開発学を学びたいです。
座右の銘は「努力した者が成功するとは限らない。しかし成功する者は皆努力している。」by ベートーベンです!

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